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2021年に発売されたミーティングチェア「NEWMAL(ニューマル)」。幅広のパッド付きアームレストは、スマートフォンやタブレットなどのデバイスの使用シーンを考慮し、快適な位置で上肢を支えることができます。今回はNEWMALの商品開発担当津吹よりデザインいただいた工業デザイナーの伊丹由和さんにお話を伺いました。

津吹(以下、津吹):ニューマルをデザインするにあたって、大事にされたポイントやデザインのヒントになったことを教えてください。

デザイナー 伊丹由和さん(以下、伊丹):人というのは、皆、綺麗に一定にきっちり座らないという前提がありました。きちんと座る人もいるし、だらけているひと、メモを取る人など、その時々で姿勢が違うと考えています。

タスクチェアの様な一人で使う椅子と比較して、ミーティングチェアをはじめとする集団で使う椅子は、購入者がそれほどお金をかけられない事が多いです。しかしながら、ミーティングチェアは不特定多数の方が使用するため、実際に座る姿勢は様々です。そういう人たちに対応できるものが欲しいと考えていました。

しかし、今回のニューマルの開発条件では、使用する脚フレームが決まっていたことから、背もたれの高さが変えられない状況下でした。

そうすると体を横には振ることはできないので、姿勢を前後に振りながら自由な形に作れないかと考えました。

人によって肘・手の位置は違うにもかかわらず、既存のミーティングチェアはだいたい形が定まっている傾向にあり、姿勢を矯正するような形のものが多いです。そこで、もう少しゆったりとした姿勢でも対応できるような形にするにはどうしたらいいだろうと、当初は構想を巡らしていました。

 その時にスマホ、タブレットの話が出てきました。PCを使う場合は、膝の上かテーブルに置きます。スマホやタブレットは手で持って使用します。しかし手で持っていると、短時間であれば耐えられますが、会議などによって、長時間の使用となるととても疲れるため、どこかで肘を支えたくなります。

 そこで、肘できちんと支えられるような姿勢に導くには、何か解決策がないか、という発想がスタートでした。

 従来の椅子の肘の形は、肘を載せるという機能が中心でした。ニューマルは肘をのせると言うよりは、肘の部分がテコの視点の様になっています。そこを支えてさえいれば、手を自由に動かせ、携帯の位置も自由なり、楽にディスプレイを見ることができます。

 すなわち疲れない。そのようなデザインにするためには、肘の大きさをすごく大きくするというよりは、使いやすい支点が、どこにあったら1番楽なのか考えました。

 肘の支点を前のほうに持っていくと、姿勢が悪くなる傾向です。猫背のような形になってしまうので、それは肘という問題よりも、猫背になっていることで疲れてしまいます。

 きちんとした姿勢で座り、もっとリラックスできる肘の支点というのは、結構後ろのほうにあると考えています。後ろの方で安定した肘の支点が保てられるようなデザインの可能性を探ろうと考えました。

プロトタイプでアームレストの使い心地を確認中.jpg
プロトタイプでアームレストの使い心地を確認中。

津吹:アームレストの位置が今回特に重要なポイントだったと思いますが、その場所を導きだすまでに、どのような製作プロセスがあったのでしょうか。

伊丹:3Dで出す前にクレイで作っています。クレイで作ると割合自由に形が変形できる利点があります。

 具体的なプロセスとしては、まずCADである程度の範囲のデザインレイアウトの様なものを行った後に、クレイで作っています。

 クレイは割りと楽に形も変更ができますし、短時間で機能とスタイリングを検証できます。このようなプロセスを2,3回行っています。

クレイ.jpg
 クレイで作成したアームレストの一部

 もう1点キーポイントは、スタッキングチェアとして、コンパクトに収納できなければいけなかった。

 モックを作るだけでは、何回も作り直しをしないと良いポイント・寸法が追いかけきれません。ですので、CADとクレイを併用しながら、どうすればスタッキング効率を上げられるか模索しました。このようなことをミリ単位で調整していきました。

 スタッキングピッチをどれだけ効率的にデザインとマッチさせることができるか、という点はとても苦労する作業でした。CAD,クレイ、3Dプリンターを行ったり来たり、キャッチボールさせながら、かなり精度が求められる作業を行いました。

 このようにツールが発達し、精度の高い作業ができるようになった分、昔よりデザイナーの作業が増えていると思います。

プロトタイプでスタッキングの嵌合性を検証.jpg プロトタイプでスタッキングの嵌合性を検証

津吹:伊丹さんのデザインにはかっこよさと同時に、愛嬌のある生き物の様な柔らかさがあるように思います。着想のイメージはあるのでしょうか。

伊丹:それは多分私は直線を使わないからだと思います。

 通常のCADで図面を使うということは、直線と円弧の組み合わせで形を作る、というのが従来のCADの基本でした。しかし、今回のデザインではNURBS※という線、円、楕円、球、トーラスなどの標準幾何学オブジェクトと、車体や人体などのフリーフォームのジオメトリオブジェクトの両方を正確に表現することができる自由曲線作成アルゴリズムを使いました。

これにより、今まで表現しきれなかったものまでも作れるようになりました。

なぜわざわざそういうような事をするかというと、椅子というのは体に一緒にくっついて成立する数少ないプロダクトなのです。このようなプロダクトは、他には眼鏡、腕時計が挙げられます。そして、それらと比較して密接に体の形に関係しているのが、椅子です。生物の形には直線というものはありません。できるだけ生きているものとプロダクトが接するためには、そこに合う柔らかい線を使いたいと思っています。

 最近のツールはそのあたりを可能にしてきているので、チャレンジしています。もしかすると私が手掛けている仕事は樹脂関係の製品が多いので、そのことも関係していると思います。これが木・スチールになると別の考えも必要だと思います。木やスチール、キャビネットを使ったプロダクトは、箱ものが多いので、その場合は曲線を突き詰める必要はありませんが、椅子ということになると、重要になってきます。

 椅子自体はプラスチック、ファブリック、エラストマーといった柔らかい素材を組み合わせるものです。つまり一定の形があり、その上に人間が座ったり触ったりする。そこで変化していくと言う特性を持っている材料もあるので、それは直線で構成されているものではありません。できるだけ柔らかい形でしっくりいくようなものにしたい。ということで、そういったスタイリングの現象はあるかもしれません。

 ベジェ曲線だとかNURBSはほぼ数学でできているようなデザインです。もっと自由になる曲線が、今後の新しいCADの中ではどんどん実現すると考えられます。なお生物に近い形が将来作れると思います。ただそういうものというのは設計だけに終わらず製造という部分で影響が出てくるので、製造の面でも新しい作り方、プロセスなど、将来少しずつ現在と内容が違ってくると思います。

津吹:伊丹さんの今まで手掛けられたデザインの中で医療機器もたくさんございます。オフィス家具と同様に不特定多数の方が使われるアイテムかと思います。不特定多数の方が使うデザインするうえで重要なポイントを教えてください。

伊丹:医療機器では、歯科の機器、赤ちゃんの保育器、分娩台、眼科で使う機器は昔から昨今まで手掛けています。これらの製品開発は時間がかかります。例えば1つのプロダクトが終わるのに2年ほどは優にかかります。検証や認定を取るためにすごく時間がかかります。医療機器の場合は、割合ユーザーの目的がハッキリしています。

 例えば歯医者さんでは歯を治すため。歯を直すための治療ポジションというのは、どのように医師が手を動かすか、患者さんはどのように緊張しているか、どういった課題があるかなど、割と目的はフォーカスされています。分娩台においても同じで、妊婦さんが赤ちゃん産むときどういう風な姿勢か、周辺にはどのような課題があるか、ということもフォーカスされています。同じように眼科についてはもっと目的がフォーカスされていて、目の部分の治療にフォーカスしているので課題点がわりとはっきりしています。

 ただこれらの解決しなければいけない課題はシリアスです。何か問題があってはいけませんので、安全面から認証を取るのに時間がかかります。デザインし、解決した結果を、認証・検証するのにとても時間がかかります。

 今、プラスで出している椅子の様なものはユーザーが不特定多数です。ニューマルはミーティングチェアということで、ミーティングをする、講演の時に使う、などわりとシーンとしては特定されていますが、医療機器と比較するとより不特定多数の方が使用対象です。

 ミーティングを聞く人の姿勢もそうですし、そのミーティングシーンに、人がどのような目的で来ているかも分かりません。とりあえず会議に出席している人から、かなり真剣にその場に参加している人、いろんな人たちが想定され、そういった意味でとても不特定多数です。要素としてはかなりバラバラです。そういう中でバラバラの要素の中でどういう風にまとめていくかという意味では、医療機器よりもオフィス家具のような椅子の方が難しいですね。

津吹:伊丹さんが考える良い椅子を教えてください。

伊丹:冒頭でも申し上げましたが、椅子は体と密着している数少ないプロダクトの一つです。

 座る人の体が違えば、本来、椅子の形や構造は全部違うはずです。そういった点を大量生産だから、ある一定の仕様で出しているのが現状です。どんな椅子が本来良いかというと、座る人それぞれに合った椅子、体重・姿勢・生活スタイル・趣味嗜好、その人にあったものがカスタマイズして出せれば一番良いと思います。

 だから僕自身も自由に作れるのであればカスタマイズできる椅子、その人に合った、ぴったりしたものを作ると思います。そのような椅子を作れる時代は来ると思います。

 例えばカツラの型を取るには一定の熱をかけて膨らむ樹脂に頭をかぶせて、その人の頭の形を取ります。柔軟性を持ち、それぞれの人に合ったぴったりとした形を作れる時代はもう来ています。そういった素材を椅子にも応用していく。例えば標準的な椅子であっても座るクッションの部分だけはその人の体温によって形が変わっていく、みたいなものはそう遠い将来ではなく実現していくと思っています。

 その人の生活スタイル、体形、体調に合わせた椅子というものを作ってみたいです。カスタマイズできる仕組みが今より早く、安く、ユーザーの思考にぴったり合ったものが提供できる産業・技術が今後できてくると思います。(終)

※1 NURBSとはNon-Uniform Rational B-Spline(非一様有理Bスプライン)の略。曲線や曲面を生成するためにコンピュータグラフィックスで一般的に採用される数学的モデルである。その柔軟性と正確性からモデリング用の形状にも、解析的な用途にも向いている。

ミーティングチェア「NEWMAL(ニューマル)」の製品情報ページ

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伊丹由和
工業デザイナー

1950年新潟に生まれる。1970年トヨタ自動車デザイン部入社。1974年伊丹デザイン事務所設立。
1996年米国ヒューマンコードinc.社役員、ヒューマンコード・ジャパン株式会社社長就任。2000年工学博士号取得(コンピュータサイエンス)。2001年ヒューマンコードinc.上海役員就任。2003年横浜国立大学工学部客員教授就任。2012年東京農工大学工学部客員教授就任。現在主に医療機器・情報機器・ステーショナリー・ユーザーインターフェイスなどの開発コンサルティングに従事。

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津吹未来
プラス株式会社 ファニチャーカンパニー
 市場開発本部 商品開発部 所属
2019年度入社。ミーティングチェア中心に開発を担当。

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