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取材・文:中崎隆司(建築ジャーナリスト)

中津川ホテル(仮称)

猪熊純+成瀬友梨|成瀬・猪熊建築設計事務所

ビジネス客向けと観光客向けをハイブリッドしたホテルのプロジェクト。建物の中、まちなかや少し離れた観光地も含めた一連の滞在の体験全体をデザインする。

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新型コロナウイルス感染禍のなか、2回目の夏を迎えた。昨年の状況を見る数字としては訪日外国人旅行者数が前年比87.1%減、国内のパソコンの出荷台数が前年比25.1%増で過去最高だったなどがある。今年はどのような数字が注目されるのだろうか。

さて、成瀬・猪熊建築設計事務所の猪熊純さんと成瀬友梨さんが来年の夏のオープンに向けてビジネス客向けと観光客向けをハイブリッドしたホテルのプロジェクトに取り組んでいる。

クライアントは地元で多角的に事業を展開している丸山木材工業だ。

「人に来ていただくきっかけを中津川につくっていきたい。広く建設業界に関わってくるような仕事をしているのでいい建物をつくって、企業の売りにしたいと、ホテルの設計を依頼された。刺激的なデザインの建築をつくり、ここを中心としてにぎわいのある場所に変えていくことを目標にしている」(猪熊さん)。

計画地はJR中津川駅から徒歩10分ほどの旧中山道沿いの市街地にある。周辺は雑居ビルが建ち並んでいる。

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構造・規模は鉄骨造5階建て床面積2500㎡で、客室数は94室だ。上り傾斜の敷地に合わせて1階のパブリック・エリアは床を徐々に上げている。その床はヒノキで仕上げており、玄関を入ったら靴を脱ぐスタイルだ。エントランスは5mの天井高があり、受付、食堂、厨房、奥に大浴場を配置している。

客室の広さは12㎡から30㎡。プランはビジネス客向けだが、デザインはシンプルで落ち着いた雰囲気の観光客向けにしている。宿泊特化型のホテルであり、朝食は出すが、夕食は街の飲食店を活用することを想定している。

周辺の建物が低いという計画地の環境に対して断面を工夫している。下の階は隣地までぎりぎり張り出して窓を小さくし、窓際にソファを置き、それがアイストップになるインテリアにすることで奥行きを部屋につくる。上の階は水平に大きな窓を設けて景色を楽しむ客室にする。

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どこにどのような家具が適しているか、設計者だからこそ見えることがある

「建築でつくる大きい意味での環境的な部分で内部の過ごし方にある程度多様性をつくっていくことはできると思う。ただリラックスしてほしいのか、少し緊張感をもって過ごしてほしい場所なのか。どこでどんな過ごし方をという細やかな部分に関してはやはり家具まで含めてつめていかないと設計しきれないと思う。設計中の建築でどこがどんなことにいちばん適しているかということは設計者だからこそ見えることがある。うまくそこに合った家具をつくり付けでつけていくと、どう過ごすのがふさわしいと建築のリテラシーと関係なく感じていただける。様々な過ごし方を建築全体のなかに多様につくることができる最後の細かい一手という意味で、家具設計はすごくおもしろいと思っている」(猪熊さん)。

今年2月に同じクライアントの依頼で4軒先の敷地にオープンした「meet tree NAKATSUGAWA」も同事務所でデザインしている。コスメの店舗、地元の食材を使用したスイーツの飲食店、ネイルサロンからなる小規模の複合施設だ。

「建物の中にとどまらず、まちなかや少し離れた観光地も含めた一連の滞在の体験全体をデザインしている感覚がある。滞在のデザインはやはり地域の特性によって、その魅力が全然違うので、ひとつひとつオーダーメイドになっていく」(猪熊さん)。

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現在、同事務所では日本各地で複数のホテルのプロジェクトが進行中であり、オンラインの打ち合わせが増えているという。

「コロナ禍で止まったプロジェクトもあるが、インバウンドも日本人も対象にしているプロジェクトは動いている。中津川のプロジェクトは、すでにクライアントと人間関係ができていたので、オンラインにスムーズに移行でき、プロジェクトも継続できた。キックオフは対面で行い、関係性もできた上でオンラインに移行していく方が進めやすい」(成瀬さん)。

移動の制限や自粛はビジネス、観光共に大きな影響を与えた。そのなかでビジネスではオンラインの活用が進みリモートワークのスキルが向上した。また仕事と休暇を組み合わせたワーケーションが注目されている。さて来年はどのような状況になっているのだろうか。

[プロジェクト概要]
(仮称)中津川ホテルプロジェクト
・用途:ホテル
・構造:鉄骨造 一部木造
・敷地面積:1027.69㎡
・延べ面積:2751.07㎡
・階数:地上5階
・設計:成瀬・猪熊建築設計事務所
・施工:吉川・宮島特定建設工事共同企業体
・竣工:2022年夏(予定)

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[プロフィール]

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猪熊 純 いのくま じゅん
1977年神奈川県生まれ。2002年東京大学工学部建築学科卒業。04年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。04~06年千葉学建築計画事務所勤務。07年成瀬・猪熊建築設計事務所共同設立。08~19年首都大学東京助教。14年明治大学非常勤講師。14~16年神奈川大学非常勤講師。15~17年東北大学非常勤講師。16年芝浦工業大学非常勤講師。16~18年愛知県立芸術大学非常勤講師。18年~グッドデザイン賞審査委員。20~21年東京都立大学助教。21年~芝浦工業大学准教授。

成瀬 友梨 なるせ ゆり
1979年愛知県生まれ。2002年東京大学工学部建築学科卒業。04年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。05~06年成瀬友梨建築設計事務所主宰。07年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程単位取得退学。同年成瀬・猪熊建築設計事務所共同設立。08~09年東京理科大学非常勤講師。09年東京大学特任助教。10~17年東京大学助教。

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

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