新しい建築の楽しさ2020s Vol.11

特別寄稿

取材・文:中崎隆司(建築ジャーナリスト)

微笑庵

藤野高志|生物建築舎

老舗和菓子店の新店舗計画。ロードサイド型店舗の建築の「顔」、ファサードをもっと人間を考慮したものにできないか、まちに対してどのような価値をつくれるか、施主とともに考える。

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 今回は建築の「顔」の話である。建築は都心部では大規模化し、引きがなければ仰ぎ見ない限りファサード全体を見ることは難しい。郊外はファサードよりも巨大な看板が目立つロードサイド型店舗が建ち並んでいる。

 生物建築舎の藤野高志さんが群馬県高崎市の老舗和菓子店の新店舗計画に取り組んでいる。計画地は幹線道路の草津街道路沿いにある。細長い不整形な形をしており、面積は543㎡だ。向かいにはドラッグストアが建っている。

 「群馬県は車社会であり、1世帯当たりの車保有台数は全国有数。ロードサイド型の店舗が非常に多いエリアだ。徒歩であれば建物の前を通り過ぎるのに数十秒。車は数秒、その間に目を引きつけるために大きな看板や大きなガラスなどの素材を使用したデザインのものがたくさんある。建物も道路は車のための場所という形でふるまっている」(藤野さん)。

 計画地は60m強道路に面しているが、幅はあまりない。さらに前面道路が都市計画道路であることから将来、道路が拡張される可能性があり、その時には正面の2m~3mはセットバックしなければならないという。その部分には建物を建てられないため、縦列駐車のスペースにする予定だ。

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 さて藤野さんはデザインを始めるにあたり、これまでのロードサイド型店舗のような車利用者を対象としたファサードではなく、もっと道路を人間の視点から見直すようなファサードにしたいと考えた。ただそこに対してだけフォーカスすると、車利用者を拒否するような感じになる。そこでもっとレンジの広いファサードの考え方ができないかと思った。藤野さんは最初、長いファサードを利用して和菓子を作る過程を外に見せられないかとも考えたが、施主は見せなくても良いという考えを持っているそうだ。

60m強という長さを利用してファサードの表情を変化させる

「微笑庵の店名の由来は『拈華微笑』という言葉。禅宗の説話で、お釈迦様がハスの花をひねったら、弟子の一人だけクスッと笑った、と。大事なことは言葉や理論だけでは伝わらないという、以心伝心を表す言葉だ。職人として修行を積んできた施主の『説明しなくても伝わる、匠の手作りの味を届けたい』という思いが『拈華微笑』という言葉に結実していることを施主との対話を通して理解した。製作過程を見せる空間演出よりも、世阿弥の『秘するが花』のように秘することで醸成される想像力を大切にしたい、と感じるようになった。ただ、秘するとなると、道路際に建っているにも関わらず、倉庫のように壁だけがあるというファサードになってしまう。たとえ外から中が見えなくても想像力のきっかけがあれば人によっては様々な想像をするかもしれない」(藤野さん)。

blog3020-03 そこで藤野さんは原材料を搬入・保管する、商品を加工する、店舗で売るという一連の流れを60m近い建物の長さを利用してファサードの表情を変化させることができないかと考えた。壁だけのファサードにしても例えば厨房からにおいや湯気はでてくる。原材料庫はものの出入りする建具がファサードとして示される。そして人気の店なので軒下に並んで待つ人がちょっと腰かけられるぐらいの感じの場所や情報を取れる場所をつくることはできる。複数の長いリズムと細やかなリズムの両方が入ってくる。そんなファサードと大きな屋根の組み合わせにしようと考えているそうだ。

 「建物を建てるというのは社会だけを見つめていって建つわけでもないし、利己的なことだけで建つわけでもない。重心がどのあたりにあるのか、まちの人はけっこうシビアに見ている気がする。どのようなスタンスをとるのかが店舗のような基本的には誰に対しても開かれた場所にとってすごく重要な気がする。そのあたりのバランスを探り、まちに対してどのような価値がつくることができるのかをお施主さんと一緒に考えている」(藤野さん)。

 ロードサイド型店舗のファサードのほとんどはブランドの表現である。ただ商業建築であってもファサードはブランドの表現であるとともに、建築家の表現であってほしいと思う。そして藤野さんが「お施主さんと一緒に考えている」と語っているとおり、建築は建築家と施主の対話から生まれてくる表現でもある。

 

[プロジェクト概要]
微笑庵
・用途:店舗・工場
・構造:木造
・敷地面積:615.57㎡
・延べ面積:284.00㎡
・階数:地上1階
・設計:生物建築舎
・施工:神宮工業株式会社
・竣工:2022年秋(予定)

[プロフィール]

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藤野 高志 ふじの たかし
1975年群馬県生まれ。1998年東北大学工学部建築学科卒業。2000年東北大学大学院都市・建築学博士前期課程修了。清水建設株式会社(本社設計本部)、はりゅうウッドスタジオを経て、2006年生物建築舎設立。12〜15年東北大学非常勤講師。12年〜前橋工科大学非常勤講師。17年〜東洋大学、武蔵野大学非常勤講師。18年〜お茶の水女子大学非常勤講師。20年〜成安造形大学客員教授。21年〜大阪市立大学非常勤講師、群馬県住生活基本計画2021策定委員会委員。

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。