取材・文:中崎隆司(建築ジャーナリスト)
江坂ひととき
蘆田暢人|蘆田暢人建築設計事務所
街と里をつなぎ、住民と共に新たな集いの場をつくり、使い続けていく仕組みもつくる
地域と地域をつないでいく時の要点のひとつは時間的、物理的な距離である。
建築家の蘆田暢人さんが「街と里をつなぎ、住民と共に新たなコミュニティをつむぐ地域の集いの場をつくり、さらに使い続けていく仕組みもつくる」というプロジェクトに取り組んでいる。
計画地は大阪府吹田市江坂町の市街地にある。敷地面積853.76㎡。規模は木造平屋建て、延べ床面積112.18㎡である。
「依頼者の要望は『長く住む地域のためになる場所をつくりたい』だった。街に住む人の課題として高密度の空間でゆとりがない、モノをつくる機会と場所がないなどがある。また里の課題として人口減少、一次産業の衰退などがある。人と人の関係で建築がつくれないかと思った。共有の場所、モノと人が触れる接点、その仕組みをつくり、里から届く素材で料理や工作などのモノづくりができ、人が集うニワのような建物を街と里の人々との顔を付き合わせた関わりの中でつくる。そのような街と里をつなぎ、交流をつくる場所づくりをプロジェクト化した。街と里の関係の再構築することを目標にしている」(蘆田さん)
里として選んだのは大阪府の北部に位置する能勢・豊能地域であり、江坂町から北へ車で約1時間の距離にある。依頼者がこの地域でまちづくり会社をつくっているという縁もあるという。計画地からもっとも近い木材の産地であり、森林組合は広葉樹を中心とした林業を行っている。
計画に当たり、街と里の住民に対してワークショップやヒアリングなどを行い、施設計画や運営計画に反映している。
「かつて里の暮らしには自由な使い方のできるニワがあった。土間に代表されるウチニワ、縁側空間のようなソトニワ。現代都市にはニワが欠落していると感じている。ここに里の恵みや山の恵みである農作物や木材を届け、それを用いて場所をつくることで里と街をつなぐ大きな循環の中にあるニワのような空間になることを目指している」(蘆田さん)。
街と里の交流促進を目指し、里の商品を販売するショップ、木工教室、シェアキッチン、カフェなどで施設を構成。
配置計画では内部空間と外部空間を等価に共存させようとしている。建物は道路に対して直交に置き、その建物の東側に芝生の広場を配置している。その広場は工事と並行して住民参加のイベントですでに完成させており、シンボルツリーも植えた。縁台を木工のワークショップで設置するという試みも行っている。
建物の特長は中心軸に立てた7本の約4.0mの柱で「やじろべえ」のように大屋根を支える構造だ。柱頭・柱脚から伸びる方杖と外壁面にそって設けたタイロッドによって鉛直・水平力に対して立体的に安定させている。大屋根で約2mの深い軒下空間をつくり、内部空間と外部空間を連続させるためにガラスと腰壁で内外を区切っている。外壁面に現れる構造は径12㎜の丸鋼のみ。大屋根には太陽光パネルを設置する。1次ネルギーの削減と太陽光パネルによる創エネでZEBを実現する。吹田市、能勢町、大阪府森林組合と依頼者が木材利用推進協定を結んでおり、このプロジェクトはそのモデルとなるという。
「木の流通を見直したいと思った。広葉樹の躯体に挑戦するため、7本の柱に広葉樹原木の皮付き丸太を使う。木の形や状態を直接確認するため、建築家、構造設計者、依頼者が山に行き、柱材を選定した。クヌギやコナラといった広葉樹はスギやヒノキに比べて強度が高い。ただ広葉樹を構造体に使うことには材の安定性や加工に問題があり、寸法安定性を確保するために熱化学還元処理を行い、名古屋大学で強度確認試験を行った」(蘆田さん)。
広葉樹選定作業の様子
施設の構成は街と里の交流を促進することを意図して決めている。里の商品を販売するショップ、シェアキッチン、木工教室を行うクリエイティブルーム、カフェなどからなる。
「屋根の下に街と里の人が集まり、場所をつくっていく。このプロジェクトをきっかけに、この場所に関わる人とモノの多様な物語をつむぐことがこの目的であり、物語を未来へとつなげるため、建築と同時に書籍も制作している」(蘆田さん)。
1時間以内という距離は心理的にも身体的にも経済的にも負担が少ない。1時間以内のつながりをつくっていけば大きなネットワークができるだろう。
[プロジェクト概要]
名称:江坂ひととき
主要用途:飲食店
工事予定期間:2023年10月〜2024年9月
敷地面積:853.76㎡
延床面積:112.18㎡
構造:木造平屋建て
蘆田 暢人 あしだ まさと
1975年京都生まれ。98年京都大学工学部建築学科卒業。2001年京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。01〜11年株式会社内藤廣建築設計事務所勤務。12年株式会社蘆田暢人建築設計事務所設立。12年株式会社ENERGY MEET設立。17年〜千葉大学非常勤講師。18年株式会社Future Research Institute設立。24年〜千葉工業大学非常勤講師。
中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。
[プロフィール]