取材・文:中崎隆司(建築ジャーナリスト)
柳川のコミュニティオフィス(H社新社屋プロジェクト)
PEAK STUDIO、to-ripple
「地域のライフステーション」になることを目指す企業の本社建て替え計画。
EV、自動運転、eコマースなど生活を変える動きが進んでいる。その中で車社会の風景はどのように変化していくのだろうか。
ガソリンスタンド業を中心に様々な事業を展開する地域密着企業の本社の建て替え計画である。計画地は福岡県柳川市内にある。計画エリア全体の面積は約15000㎡。今回計画する建物規模は鉄骨造2階建て延べ床面積は約750㎡だ。
PEAK STUDIOとto-rippleの共同設計であり、PEAK STUDIOの藤木俊大さんは依頼企業と設計コンセプトについて次のように説明する。
「クライアントは、ガソリンスタンドの事業をメインに、車の整備に関する事業、リフォームや保険、その他地域の困り事をお手伝いする事業などを展開されている。地域に貢献したいという思いが強く、定期的に自社の敷地内でお祭りなども開催されている。本計画を機会に地域との関係や事業の統廃合を検討し、地域に根差した会社のあり方を考え直している。それは『地域のライフステーションになる』ということをどう表現するかということだった。人口減少が著しい地方において、集まることや場の共有の意味を問うた時、解として導かれたのは地域に開かれたコミュニティオフィスだった」。
計画地は国道沿いにあり、前面道路拡幅のため5mのセットバックが要求されている。また南北に細い水路が流れており、橋梁の交換のための迂回路の計画もある。to-rippleの杤尾直也さんは次のように説明する。
「既存のオフィス、ガソリンスタンド、ショールーム、倉庫などの各機能を止めることなく順次移転させる。移転の順序、場所、規模などを含めた総合的な計画であり、3年かけて壊しては建てるというように玉突き式に移転させ、全体が終了するのが2026年の予定だ」。
外観は本社、ガソリンスタンドともに屋根が連なる構成になっている。
「ガソリンスタンドは大屋根がアイコンとして強いと思っている。ただ今回はガソリンスタンドも大きな屋根でつくるのではなく、屋根を重ねるようなことをしたいと考えた。敷地全体を屋根がつながっていって集落のようなものが形成されることができれば、新しいガソリンスタンド像ができ、地域のライフステーションになっているということが表現できるのではないか」。(杤尾さん)
人の居場所を多く計画し、活動を大きく包み込むような建築にする。
設計のコンセプトである「地域に開かれたコミュニティオフィス」について藤木さんは次のように説明した。
「社員だけではなく、地域住民、子供、クリエーターが集まり、常ににぎわいがある。広場のような気軽に訪れやすい雰囲気をつくることで従業員はもとより地域住民にも使われる場になることを目指している。人の居場所を多く計画し、活動を大きく包み込むような建築にする」。
1階内観
1階は天井高4.6mのラウンジや地域交流のフリースペースなどを配置する計画である。執務の主要部分は2階に設けている。セキュリティと水害のリスクがある地域であることを考慮した。段状のテラスをつくり、2階のテラスにも外部から上がっていけるようにしている。災害時には地域の避難所として機能させる予定だ。
「地域との連携、開放を考えた。段状のテラスの下にスキップフロアのような段差のある床と2.5mと4.2mの天井高のある様々な執務空間をつくる。大きな開口を設け、自然通風と採光を採り入れ、見通しのいいオフィスにする」(藤木さん)。
2階内観
1階のラウンジや地域交流のスペースには2.1m角のキューブの可動式の家具を置く。キューブの配置次第で、ポップアップショップ、住設機器のショールーム、屋台村といった多様な使い方が可能であり、ワークショップ、イベントなどを開催する。
「植栽も立体化する。テラスに土系舗装材を使用し、保水性を高めることで気化熱による自然換気を促す。5感で楽しむ植栽計画にし、社員と地域住民の積極的な関りをつくり、維持するテラスにする」(藤木さん)。
地域密着企業は新旧の顧客とコミュニケーションの場をつくることがより重要になる。そしてゆるやかなつながりをつくる開かれた建築が車社会の風景をつくっていくだろう。
[プロジェクト概要]
名称:柳川のコミュニティオフィス(H社新社屋プロジェクト)
所在地:福岡県柳川市
設計・監理:to-ripple +PEAK STUDIO
建築面積:434.47㎡
延べ床面積:752.61㎡
構造:鉄骨造2階建て
構造設計:コウゾウケイカクロナンナン
設備設計:NoMaDoS
竣工予定:2024年8月
[プロフィール]
PEAK STUDIO
佐屋 香織 さや かおり
1983年神奈川県鎌倉市生まれ。2006年日本女子大学家政学部住居学科卒業.08年日本女子大学大学院家政学研究科住居学専攻修了。08〜11年山本理顕設計工場。15年〜ピークスタジオ一級建築士事務所共同代表。17〜22年東海大学非常勤講師。21年〜日本大学非常勤講師。22年〜日本女子大学 非常勤講師。
to-ripple
杤尾 直也 とちお なおや
1983年兵庫県生まれ。東北大学工学部建築学科卒業。2008年東北大学大学院都市建築学専攻修了。同年株式会社都市デザインシステム(現UDS株式会社)入社。17年〜株式会社to-ripple一級建築士事務所代表取締役。19年〜東北大学大学院工学研究科非常勤講師。
中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。
藤木 俊大 ふじき しゅんた
1983年福岡県大牟田市生まれ。東北大学工学部建築学科卒業。2008年東北大学大学院都市建築学専攻修了。08〜13年山本理顕設計工場。13年〜ピークスタジオ一級建築士事務所共同代表