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取材・文:中崎隆司(建築ジャーナリスト)

Sオフィスビルプロジェクト

田中裕一+中本剛志|STUDIO YY

スタートアップ企業など若い人たちのためのオフィスプロジェクト。敷地条件の特殊性を生かしながら、働く場とファサードのありようを提案、都市の中のオフィスビルとして今までにない風景をつくる。

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新型コロナウィルス禍の中、人々は公共空間や共用空間を避け、私的空間に籠った。リモートワークをしたひとり暮らしの人はパソコンやスマートフォンの画像とそれらのスピーカーやイヤホンからの音でつながり、一度もリアルな人の顔を見ず、そしてリアルな人の声を聞くことなく過ごした日もあったことだろう。
 新型コロナウィルス禍は続いているが、人々は公共空間や共用空間に戻りつつある。このような状況の中で進むオフィスプロジェクトを紹介する。

STUDIO YYの田中裕一さんと中本剛志さんが東京都内でスタートアップ企業などをテナントとして想定したオフィスビルのプロジェクトに取り組んでいる。

計画地周辺には中規模なオフィスビルなどが建ち並んでいる。計画地は台形をしており、面積は198.6㎡だ。台形を南側の長方形と北側の三角形に分け、長方形の部分に建物を配置している。その規模はRC造地上6階建て延べ床面積659.65㎡だ。長方形の部分の平面は約100㎡の広さだ。三角形の部分は長方形の部分から張り出す形で300mm角のRCの細い骨格で構成している。そこにも働く場を設けるが、容積には算入されないようにしている。

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上記のようにしたのは敷地北側の三角形の部分が細い道路を挟んで鉄道の盛土された線路用地に面していることによる。
 田中さんは次のように説明する。

「線路敷空地による道路斜線制限の緩和を利用して長方形部分の建物の外壁のセットバックを回避させ、また盛土の崖からの建築制限範囲も避けている」。

計画地の北側が線路用地であることによってその前面は視界が広がっている。そこに位置する三角形の部分に階ごとに異なるテラスやバルコニーを設け、そして長方形の部分の屋上にもテラスを配置している。

各階にテラスやバルコニーを設け、多様に使えるスペース、自由な働き場所を提供する。

「新型コロナウィルス禍でテレワークが普及し、ワーケーションやサテライトオフィスなどで働くというようなことも起きてきている。一方、一人で働くことでの孤独感や画面越しで仕事をすることのストレスなども問題になり始めている。そして集まって働くということ自体はなくならない。オフィスビルは効率よく容積を積み上げていくことが条件になる。それを達成した上で開放的な働く場所をつくれないかと考えた」(田中さん)。

バルコニーは木製の階段状のベンチを設けるなどしてテラスのようなつくり込みをする。そこに四季を感じられる植栽を配置し、手すりやプランターには見る角度によって色が変わるクロームメッキを使用する予定だ。またプライバシーを守りながら視線が前方や上下に抜けるようにしている。

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中本さんは次のように説明する。

「多様に使えるスペースを確保するという意味でテラスやバルコニーが役に立ってくる。ただ何もないとテナント任せになってしまう。つくることで人のふるまいを誘発する。そこでプレゼンテーションや集会をする。部屋に閉じこもるのではなく、少しでも外で過ごしてもらう。自由な働き場所を提供するということで若い人たちの企業を誘致しやすい。私たちはこれまでも人の活動が建物内部に留まらずにどうしたら外に波及するかということをやってきている」。

1階から屋上まで続くテラスやバルコニーでの働く場がファサードになる。

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「外から見たときに働く風景が建物のファサードに出てくると都市の中のオフィスビルとして今までとは異なる風景がつくれる。毎日多くの人が電車からこの風景を見る。無機質なガラスの建物があるよりも都市の楽しさを還元できるようなことができないかと考えている」(田中さん)。

このプロジェクトでは敷地条件の特殊性を生かしながら、働く場とファサードのありようを提案している。
 さてスタートアップ企業などで働く社員はバルコニーやテラスなどに設けられた多様な場をどのような居場所にしていくのだろうか。また電車の乗客がスマートフォンから目を離し、働いている風景が現れるファサードを見た時にどのような印象を受け取るのだろうか。完成後のそれぞれの反応が楽しみだ。

[プロジェクト概要]
Sオフィスビル
主要用途 オフィスビル
所在地  東京都千代田区
敷地面積 198.60 m2
建築面積 153.98 m2
延床面積 659.65 m2
階数   地上6階
構造   RC造
設計期間 2021年5月~2021年11月
施工期間 2022年1月~2022年12月(予定)
設計 STUDIO YY
施工 大洋建設株式会社

[プロフィール]

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田中 裕一 たなか ゆういち
1982年福島県生まれ。2006年横浜国立大学工学部卒業。09年横浜国立大学大学院建築都市文化専攻Y-GSA修了。09年NL Architects(オランダ)、09~14年NAP建築設計事務所を経て、15年 STUDIO YY設立

中本 剛志 なかもと つよし
1977年鳥取県生まれ。2005年カリフォルニア州立工科大学サンルイスオビスポ校建築環境学部建築学科卒業。05~06年Asymptote(ニューヨーク)、06~07年REX Architects(ニューヨーク)、07~09年OMA(ニューヨーク)、10~14年NAP建築設計事務所を経て、15年STUDIO YY設立。

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

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